弱者から生まれるイノベーション

こんにちは阿部隆宗です。

今日は経済的弱者、社会的弱者を支える理由について、感情的な理由からではなく、
それが社会的な便益を生み出すというアプローチから、考えてみたいと思います。

弱者はただの社会のお荷物か?

ニュースやSNSでしばしば弱者救済の意義が問われることがあります。

例えば

  • 「手厚い支援があると、働かなくても生きていけると考える人が増える」というモラルハザードの懸念
  • 「貧困や失業は本人の努力不足」という自己責任論。
  • 「福祉や支援には多額の税金が必要であり、財政を圧迫する」という財政論

などなど…これ以外にも様々な意見があるでしょう。

逆に擁護意見について

  • 「すべての人が尊厳をもって生きられる社会を実現するために不可欠。」という基本的人権の尊重
  • 「いつだれが弱者になるか分からない。明日は自分が支援を必要とする立場かもしれない」という社会的連帯
  • 「貧困や格差を放置すると、犯罪や社会不安が増大し、結果的に社会全体に悪影響を及ぼす」という治安維持の観点

などです。

どれも間違っていません。否定しづらい意見です。けれども批判意見も同じように否定しづらいです。
ただ今回僕がやりたいのはこれらの意見のどちらが正しいとか、どちらが好みということを話したいわけではありません。

批判意見にも擁護意見にも共通する認識があります。
それは、弱者が「お荷物」であり、弱者救済が「コスト」であるという認識です。
つまりは弱者は支えるものであり、「弱者から何かを得る」ものではないということです。

おばちゃん教師の言葉

「弱い人から何かを得ようとするなんて、なんてこと言うんだ!」

という風に思う方もいるでしょう。
なるほど、弱者から搾り取ろうとするのは悪党のやることです。

ただし僕がここで言いたいのは、
「弱者であるからこそ社会に提供できる価値があるのではないか?」
ということです。

このように考えた理由に、「弱者」を「弱者」として扱うことに、僕自身抵抗があるからです。

そのように考えたきっかけは、僕が小学生のころの教師の言葉です。

その人は、まぁなんというか普通のおばちゃん、という感じの人で、物事をはっきりきっぱりいうタイプの人でした。
でも結構人気があったと思いますし、僕も割と好きでした。

で、その人が「同情すること」について、考えさせられることを言ったことがあったのです。

「同情するってことは、相手を見下すってことなんだよ」

ハッとさせられました。
そのころの僕は、同情するということはただ心のやさしさの表れだと思っていたからです。

というよりも世の中のほとんどの人がそうだと思っているんではないでしょうか?
同情するという行為に、こういった陰湿な一面があるなどと、考えもしないでしょう。

しかし一度認識してしまえば、同情という行為に無条件の信頼を寄せることなどできなくなります。
つまりは同情した相手を対等な立場の人間であると見ていないということですから。

韓非子の言葉

中国の思想家の韓非子にこんな言葉があります。

それ相為にするを挟めば則ち責望し、自らの為にせば則ち行わる
(相手のためにやっているんだ、という気持ちがさしはさまれると、
人は相手を責めたり、恨んだりしたくなる。
自分のためにやっているんだ、と思えばうまくいく。)

なにかを「してあげる」という意識の裏には、代わりになにかのお返しがあるものという意識があるのが人情です。

しかし一般的に弱者支援というものは、お返しというものを期待しないものです。
それをすべての人間が分かっていてやるのならば、問題はないでしょう。

しかし社会保障に使われるのは基本的に国家のお金です。
そうなれば、関係者は全国民ということになります。

では全国民が弱者支援だからとお返しを期待しないということはあり得るか?
はい、あり得ません。だから批判意見が出るわけです。

また弱者支援を直接行う人の中にも、自分の中の無意識の見下しに気づいていない人もいるでしょう。

そうした見下しの意識を持ちながらやっていると、
「これだけやったのだから、自分にも何かいいことが返ってくるだろう」
と考えるわけです。

これらのことについて、僕はその状況を変えるべきだとは思いません。
なぜなら無理だからです。
それは人間の自然な心理に基づいているものであるのだから、
変えるには人間の根本的な心理を変えるほかありません。

全員が聖人君主になるように教育できるならそれが可能でしょうが、
人類発祥から今に至るまでそれはできていません。

なので僕は、弱者を支援することによって、社会にもたらされる【利益】を主張することによって、
この問題を別の角度からとらえようと思います。

弱者救済から得られる利益

韓非子『備内篇』より

「馬車づくりの職人は、馬車を作りながら
『人々が豊かで偉くならないかな』
と願う。

一方、棺桶づくりの職人は、棺桶を作りながら
『人々が早死にしてくれないかな』
と願う。

馬車づくりの職人が愛にあふれていて、
棺桶づくりの職人が悪人というわけではない。

ひとが豊かで偉くないと馬車が売れず、
ひとが死なないと棺桶が買ってもらえないからなのだ。

ひとを憎むような気持があるからではなく、人の死に利益があるからなのだ。」

一方的な関係は長続きしません。どこかで破綻します。

愛情や友情は支援の理由になるでしょう。
別に一方的で構いません。

しかし、会ったことも話したこともない人を支援するには、利益が必要です。
利益がなければそれは持続可能ではありません。

つまりは一方的に支援されていたのだから、一方的に打ち切られることもありうるということです。

弱者支援に利益を見出すのは、僕が弱者に対して冷酷だからではなく、持続可能性を見出したいからです。

そこで、3つの「利益」を見出しました。

  1. 多角的な強みを生かすため
  2. マクロ経済を活性化させるため
  3. イノベーションの源泉として

ひとつづつ解説していきましょう。

1️⃣多角的な強みを生かすため

例えば、隕石をワンパンで粉々にできる力を持っていたとしましょう。
その人が一人いれば世界のあらゆる悩みを解決できるでしょうか?

もちろん違います。世界征服はできるでしょうが、何でもはできません。

隕石をワンパンで粉々にできるとしても、他人の病気を癒せるわけではありません。
他人のあらゆる病気を癒せるとしても、宇宙の法則を見破れるわけではありません。
宇宙のあらゆる法則を見破れるとしても、人を心から感動させられるものを作れるわけではありません。

ヘレンケラーは視覚と聴覚の両方を失いながら、世界的な社会活動家になりました。
スティーブンホーキング博士は、ALSを患い、体が動かなくなりながらも、宇宙論において偉大な業績を挙げました。
エジソンは幼少期に聴覚障害を負いましたが、多数の発明をしました。
山下清は3歳のころの闘病生活の結果、言語障害と知的障害が残りましたが、「日本のゴッホ」とまで言われる天才画家となりました。

誰にどんな才能があるかは分かりません。
どんな才能が、将来役に立つか分かりません。
そうした才能がどうやって宿るか、誰に宿るかなんて誰にもわかりません。
どうやって才能が芽吹くかわかりません。

なので我々にできることは、そうした才能が開花できる可能性を残すことだけです。

経済的に恵まれない人を支えることは慈善ではありません。
社会全体の柔軟性と成長性を実現するための投資です。

2️⃣マクロ経済を活性化させるため

マクロ経済が発展するには、有効需要が必要です。
有効需要とは消費と投資のことです。要はみんながお金を使えばそれだけ経済が回るということです。

しかし、一般的な人は貯蓄をします。それは将来の不安に備えた経済合理的な行動です。
ミクロな視点だと、長期的な目線をもって、自分の人生を設計できる、立派な行動です。

しかし、マクロな視点だと、それはお金を滞留させることで経済を停滞させる、「悪行」です。
貯蓄は経済的に余裕があれば余裕があるほど増えていきます。つまり、その分経済が停滞します。

社会格差が問題となるのは、この点です。
格差が広がれば広がるほど、富は経済的に豊かな人に集まります。

経済的に豊かな人に集まれば、その人はいっぱい貯蓄するので、
その分だけ経済は停滞します。

つまり、社会格差は経済の停滞をもたらします。

逆に経済的弱者であればどうでしょう?
その人には貯蓄に回す余力があるでしょうか?
貯蓄に回せるほどの余裕がないので、片っ端からお金を使います。

それはミクロの観点からすれば、長期的な展望のない行為に見えるでしょう。
しかし、マクロの観点からすれば、どんどん消費してくれるので、どんどんお金が回ります。

つまり、経済が発展します。

よって、経済的弱者にお金を回すことは、経済発展にとって有益なことです。

3️⃣イノベーションの源泉として

イノベーションは既存の枠組みから外れた発想から生まれます。
経済的弱者は社会の主流や当たり前から外れる立場にいることが多いので、独自の問題意識・経験・既存の仕組みへの疑問や不満を持ちやすいです。
リバースイノベーションはその典型といえるでしょう。

リバースイノベーション

リバースイノベーションとは、新興国や途上国市場向けに開発された製品やサービスが、逆に先進国市場に導入され、普及していく現を指します。 

従来のイノベーションが「先進国から新興国へ」という一方通行の流れであったのに対し、
リバースイノベーションは文字通り「逆(リバース)」の流れを生み出す点で異なります。 

制約が新しい発想を生む

代表的な事例を見ていきましょう。

点字ブロック(日本発)

  • 発案者: 三宅精一さん(視覚障害者の家族を持つ)
  • 背景: 視覚障害者の安全な歩行のために考案
  • 波及効果: 現在は世界中の駅や歩道で使われ、視覚障害者だけでなく、夜間や混雑時に健常者の安全誘導にも役立っている。

音声認識・音声入力技術

  • 背景: 手や指が不自由な人のために開発・進化
  • 波及効果: スマートスピーカーやスマホの音声アシスタントとして一般化し、運転中や料理中など多様な場面で健常者も活用。

スロープやバリアフリー設計

  • 背景: 車椅子利用者や高齢者のための配慮
  • 波及効果: ベビーカー、キャリーバッグ、荷物運搬など、あらゆる人の移動を快適に。

閉じやすいペットボトルキャップ

  • 背景: 手の力が弱い高齢者や障害者のために開発
  • 波及効果: 子どもや女性、健常者にも使いやすく、標準仕様に。

サイドミラーの点字表示

  • 背景: 視覚障害者のための工夫
  • 波及効果: 視覚障害者だけでなく、誰でも触覚で確認できるため、暗所や緊急時にも役立つ。

字幕・クローズドキャプション

  • 背景: 聴覚障害者のために導入
  • 波及効果: 騒がしい場所や外国語学習、静かな環境での視聴など、健常者にも広く利用されている。

電子書籍・オーディオブック

  • 背景: 視覚障害者やディスレクシア(読字障害)のために発展
  • 波及効果: 通勤・運動中の「ながら読書」など、健常者の生活にも浸透。

カラーユニバーサルデザイン

  • 背景: 色覚多様性(色弱・色盲)の人が見やすい配色を追求
  • 波及効果: 太陽光下やモニターの違いによる色の見えづらさを軽減し、誰でも見やすいデザインに。

マイクロクレジット(グラミン銀行)

  • 発案者: ムハマド・ユヌス(バングラデシュの経済学者)
  • 背景: 貧困層の女性や社会的弱者の自立支援のための超小口融資
  • 波及効果: 世界中で起業支援や地域経済活性化のモデルとなり、一般の小規模事業者にも応用されている。

このように、弱者の悩みを解決するために生まれたものが、
健常者にとっても有益な効果を持つイノベーションとなった事例は数多くあります。

必要は発明の母です。
制約があることが、必ずしもすべて悪というわけではなく、
制約があるからこそ、今までできなかった発想法が生れます。

まとめ

  • 一方的な関係は長続きしない。人は何かしらの見返りを求めるものなので、関係が一方的であれば、いずれ破綻する。
    よって弱者支援は単なる慈善活動としてとらえるべきではなく、それをすることによる何らかの利益を見出すべきである。
  • 弱者支援には、次の3つの利点がある。
    1. 多角的な強みを生かすため
    2. マクロ経済を活性化させるため
    3. イノベーションの源泉として
  • 弱者支援は慈善ではなく、消費でもなく、浪費でもなく、「投資」活動である。

このように、弱者支援とはお荷物を抱えてあげるこういなのではなく、
それをすることによって、長期的に社会に利益をもたらす行為、つまり「投資」です。

ただし、この「投資」が実を結ぶには、何年、何十年という月日がかかるでしょう。
そういう長期的な視野をもって投資ができるのは、それに合わせた規模の組織、つまり国家です。

と、このように国家が弱者支援をおこなう義務について、
具体的な利益の面から考えてみたのですが、あなたはご納得いただけたでしょうか?