早期退職制度とアウグストゥス式リストラ術

こんにちは、阿部隆宗です。

近年、早期退職制度を活用する企業が増えています。

従業員が本来の定年を迎える前に、自らの意思で退職を選択できる制度。
退職金の割り増しや再就職支援などの優遇措置が伴う。


これはバブル期などに大量採用を行い、逆ピラミッド型の年齢構成になってしまっている大企業や、
ビジネスモデルが好調なうちに将来に備えて組織をスリム化したいという需要にこたえてのことです。

ではその期待に早期退職制度は答えられているのでしょうか?

経営層は3つの効果を狙って、早期退職制度を導入します。

  1. 人件費の圧縮
  2. 組織の若返り
  3. スキルセットの転換

の3つです。

このうち 1 の人件費の圧縮はほぼ確実に達成されます。問題は2と3です。

というのも、早期退職を募ると、真っ先に手を挙げるのは「他社でも通用する優秀な人材」だからです。
つまり、残ってほしい層が積極的に制度を活用し、残ってほしくない人材ばかりがそのまま居残るということです。
その結果、優秀な人がやっていた業務が、残った人に振り分けられ、
もともと優秀ではないのに、業務負担が増えるので、さらに業務効率が落ち込みます。

また人材の入れ替えもうまくいくとは限りません。
これは単純に、外部からの人材確保は激戦であるため、思ったようにいく保証はないからです。

これらが複合した結果、
優秀な人材がやめて業務効率が落ち込むのに、
欠員は補充されないという悪循環が生れます。

なぜこんなことになるのか?

組織の経済学から考察する

このように、質のいいものが消えて、質の悪いものばかりが残ってしまう現象を、
アドバースセレクション(逆選択)といいます。

この原因は、情報の格差があるために生まれます。

逆選択が起こるプロセス

  1. 情報を持たない側は、質がいいか悪いかを判断できないため、
    「平均的な基準」で取引する
  2. 平均的な基準では採算が合わない質の良いものの提供者が市場から去る
  3. 結果として平均的な基準でも利益が出る、質の悪いものの提供者ばかりが残る


典型的なのは、中古車市場です。

売り手は車の故障歴を知っていますが、買い手は外見で判断できません。
買い手が「ハズレ(粗悪な車=レモン)」を恐れて安値しか出さないようになると、状態の良い車は市場に出回らなくなります。

これを、早期退職制度に当てはめると、次のようになります。

能力に関する情報の非対称性:
経営層は「誰が真に優秀か」を完全には把握していません。
一方で、従業員は自分の市場価値(他社でいくらで売れるか)を正確に知っています。

レモン問題の発生:
一律の割増退職金を提示すると、市場価値の高い(外部で高く売れる)優秀な人材ほど
「割増金+新天地での給与」という期待利得が大きくなり、真っ先に離脱します。
逆に、市場価値の低い人材は組織に留まろうとします。

結果:
会社側が「辞めてほしい人」を選別できず、逆に「残ってほしい人」から順に辞めていくという、
質の低いものが残る「レモン市場」化が組織内で起きます。


このように、経済学的に理論立てて説明できる現象ではあります。
ただ僕は、これは本質的な部分ではないと考えます。

早期退職制度を導入するのは、そういう理論的なところで説明できる部分ではなく、
もっと感情的な部分ではないかと。

つまり、以上のようなアドバースセレクションを認識しているが、
それでも導入してしまう理由があると考えます。

それは、リストラを言い渡すのが怖いからです。

恨まれたくない経営者

もはや昔のことではありますが、日本は終身雇用制度を取っていました。
これにより(これだけでもないでしょうが)、組織内の結束力を強め、
企業を成長させていきました。

それが時代が変わって、終身雇用制度が崩壊します。
そうなると、結束した仲間を切り捨てなければなりません。

ましてや日本はリストラがしにくい国です。
リストラをするのには相当な苦労をしなければいけません。

誰だってリストラされるのは嫌です。
そしてリストラして恨まれるのも嫌です。

この両者のニーズが合致した結果、
早期退職制度という「逃げ道」が生れたわけです。

自分から辞めると言ってくれれば、
当然経営者はリストラして恨まれることはなくなります。

これで労働者も経営者もwin-winの関係です。

そんなわけはありません。

経営者がすべき決断をやらなかった結果、
質の良い人材は離れていって、
質の悪い人材ばかりが残ります。

これが良い経営判断なわけがありません。

結局のところ、早期退職制度は逃げでしかないのです。
どうしてもスリム化が必要な場面では、
経営者は恨まれること、嫌われることを覚悟して、面と向かって、
「辞めてください」と伝えなければいけないのです。

それが経営者、言い換えると【責任者】の役割です。

恨まれずに、必要な人材をリストラしたい、そんな都合のいいリストラ方法なんて、
ありま

せんと言いたのですが、それを成し遂げた人物がいます。

それは、世界最弱の名君といわれた、初代ローマ皇帝のアウグストゥスです。

ここではアウグストゥスの業績や、当時のローマの情勢などは扱いません。
知っていてほしいのは、彼のリストラ術だけです。

彼が権力を掌握した直後、増えすぎた元老院議員の定員を減らす必要がありました。
(定員600名が1000名以上に増えていた)
当時は人数が増えすぎたことで、統治階級である元老院の質が劣化し、
また多すぎることで意思決定が遅れ、経営のコントロールが効きにくい状態でした。

そこで彼は元老院議員のリストラを決行したのです。

最初、彼は早期退職制度を導入しました。
「自らの不適格を認めて身を引くものには、元老院議員としての特権を保持させる」
という優遇措置を提示したのです。

進みません。
一般企業ならともかく、元老院議員は世界の覇者たるローマの頂点です。
辞めるわけがありません。

そこで彼は発想の転換をしました。

やめる人を決めるのではなく、
一緒に仕事をしたい人を決めることにしました。

相互推薦システム

まずアウグストゥス自身が30名を選出します。

そしてここからが肝心なのですが、

その30名が、それぞれ自分が最もふさわしいと思う5名を選び、その中から1名が抽選で選ばれます。

これを繰り返し、目標の600名に達するまで続けます。

これが通常のリストラと何が違うのか?

それは、リストラの責任を、経営者だけに背負わせるのではなく、
元老院に残る人員全てに分散させたということです。

このように恨みを集めないようにする発想は、彼が政治家だから思いついたことでしょう。
尋常の経営者だったならば、恨みは仕方ないものと受け止める他ないでしょうから。

またこの方式をとることにより、
各々自分が一緒に仕事をしたい人を残せるわけなので、
経営者が一方的にリストラするよりも、ずっと社内での納得感が違います。

数字には表れなくても、現場に必要な人材というのはいます。
それを現場で直接確保する機会が与えられるのですから。

またアウグストゥスは、人数を削減するだけでなく、質の引き上げも行いました。

元老院議員であるための資格要件として、
保有財産額を80万セステルティウスから120万セステルティウスへ大幅に引き上げたのです。

この額がどれくらいなのかは、この話の要旨ではありません。

重要なのは、資格の保有基準を引き上げたということです。
これにより、人材の質を引き上げるようにしたのです。

そして有能だが財産が足りない人材は、アウグストゥスは例外的に、私財から補填して、恩を売りました。

これらの施策の結果、アウグストゥスは見事600名までリストラを成功させることができたのです。
(当初は300名まで減らしたかったようですが、元の定員の600名で妥協したようです。
これも政治の技術でしょう。)

これを現代に応用するには

このアウグストゥスのリストラ術はそのまま現代に応用できます。

まず経営者は経営幹部を選び、経営幹部はそれぞれ自分が信頼できる、仕事がしたい人を選びます。
人数はその状況によって違うので、何とも言えないですが、重要なのは、リストを作り、そこから抽選で選ぶことです。

どうして抽選方式を入れる必要があるのか?

なんで最初から残したい人を直で選ばないのか?

それをすると、選ばれなかった人は、「なんで自分を選んでくれなかったのか?」
という恨みを残すためです。

しかし、一度選ぶリストを作り、その中から抽選で選ぶことで、
リストに載った人は、選ばれなかったとしても、
本人の名誉は保たれますし、
「運が悪かった」としてあきらめることができます。

また最初から選ぶ方式だと、選定権を持つ人に対して、
賄賂を贈ったり、派閥を組んだりする可能性があります。

そこで、抽選という不確定要素を入れることで、
候補者が特定の一人に媚びを売っても当選が確定しない状況になります。

これにより談合コストが増大し、派閥形成を防止できます。

従業員の質の向上

もしかしたらそれをやってもリストラできる数は限度があるかもしれません。

そういう場合、いや、予定通りの社員数になったとしても、
次の施策はやるべきです。

つまり、従業員の質の基準の向上です。

往々にして優秀な人材がやめていくのは、
その組織の環境が退屈と感じるためです。

そういう質の高い人材をつなぎとめるためにも、
仕事に求める基準を高くしなければいけません。

そして質の高い成果は、それを達成した構成員に、
「自分たちは一流である」という自負心を植え付けます。
それがさらなる高い成果への動機付けとなります。

また、それについていけない人は、
その環境にいずらくなり、こちらが促すまでもなく、
自らやめていくでしょう。

早期退職制度を導入したときとは違って、
仕事の基準をあげることで、そういう人が辞めていく理由は何でしょうか?

それは、早期退職制度は仕事のできない人にとってはその組織が居心地がいいところになるためです。
逆に、仕事の基準をあげることによって、そういう人にとってはその組織が非常に居心地が悪いところになります。
だからそういう人は、こちらが何も言わないでも、自然と退職したくなるわけです。

具体的には、どんどん周囲との実力差が開いていき、
会議での発言権がなくなったり、重要な仕事を任されなくなったりした結果、
存在を軽んじられるようになります。
口に出して言われないまでも、そういう空気を感じるようになります。

だからやめていくわけです。
(それでもふてぶてしくやめない人は、何かしら明確に問題があるので、遠慮なく首にしましょう。
そういう人ならリストラしても心は痛まないはずです)

この施策の導入により、もしも当初の社員数よりも多くなったとしても、
結果として仕事の成果は上がっているはずなので、そうなればリストラの必要性そのものがなくなります。
それはそれで問題ないでしょう。

まとめ

早期退職制度はただの逃げです。
経営者は恨まれる覚悟をもって、リストラしなければいけません。
そうでないと逆選択の効果により、社内の人材が払底します。

しかし人類の歴史は、恨まれることなくリストラできる方法を編み出していました。
それは、アウグストゥスのリストラ術です。

これを参考にリストラすることで、経営者一人が矢面に立たず、
かつ社内のだれもが納得せざるを得ないリストラを敢行できるでしょう。

もしもあなたの会社が、リストラを避けられない状況になった時は、この記事のことを思い出してください。