交渉のパイは一定なのか?
こんにちは、阿部隆宗です。
今日は良い交渉とは何か?について論じていきます。
良い交渉とは?
交渉とは一つのパイの取り合いであり、交渉がうまい人はパイの大部分をとれる人、
というのは間違いです。
まず「パイが一定である」ということが思い込みであるという理由について説明します。
パイを奪い合えば両者が失う
この世は弱肉強食とか、誰かが得れば誰かが失うとかいう信念を持っている人がいます。
それは甘い考えです。
何せ誰かが失えば、どこかの誰かは得られるというのですから。
現実は誰かが失っても、どこかの誰かは別に何かを得られるわけではありません。
一つの食料を得るために、実力伯仲の二人が殺し合いをすれば、両者共倒れするだけです。
戦争などはその最たるものです。
戦争はお互いの人的・物的資本を大量に消費します。
戦争によって毀損した生産力は、そう簡単には復元しません。
勝者ソ連の「敗北」
ソ連は2次大戦で勝者の側に立ちました。
しかし工業生産は戦前の70%に、農業生産は60%にまで落ち込みました。
ソ連は経済を立て直すために、重工業と軍事力に優先的に投資しました。
しかし、その分農業・民間消費の部門は後回しにされ、国民生活は厳しい状況が続いたのです。
そして最終的にソ連は崩壊しました。
このように勝ったはずなのに、勝つ前よりもひどい状況となり、そしてその状況は長い間改善しませんでした。
逆に負けたはずのドイツ、正確には西ドイツのほうが奇跡的復興を遂げたくらいです。
もう一つ、事例を挙げます。
10万ドル以上かけて、909ドル勝ち取った理事会
これは日本経済新聞出版社から出ている『交渉の達人』著:ディーパック・マルホトラ、マックス・H・ベイザーマン
にある話です。
マンハッタンにある共同アパートで起こった裁判の話です。
焦点は909ドルをどちらが負担するか、という話でしたが、
それの解決に6年の月日と10万ドル以上の費用が掛かりました。
住民は909ドルをかけて手すりを付けました。
子供が窓から落ちないようにするためです。
しかし、この費用をだれが負担すべきかがはっきりしませんでした。
住民側は安全性の問題なのだから、共同アパート全体で負担すべきだと主張します。
理事会は手すりが欲しいと言っているのはこの住民だけなので、住民が負担すべきと反論。
1年後、両者の裁判費用は累計で1000ドルを超えました。
言うまでもなく、909ドルの手すりよりも多い金額です。
しかし、双方とも自分に勝ち目があると思っていたため裁判は続きました。
対立はもはや金の問題ではなく、正義の問題と化していました。
最終的に理事会側が勝利しましたが、最終的な決算は両者合わせて10万ドル以上の裁判費用が掛かかりました。
勝者はどこにいるのでしょうか?
囚人のジレンマ
今度は理論的に説明してみましょう。
これを説明するのにちょうどいい理論があります。
囚人のジレンマです。
囚人のジレンマとは、ゲーム理論におけるゲームの一つで、
お互い協力するほうが協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、
協力しないものが利益を得る状況では互いに協力しなくなる、
というジレンマのことです。
社会科学の基本問題であり、今は幅広い分野で研究されています。
囚人のジレンマとは、次のようなゲームです。
- 2人の囚人が協力するか裏切るかを選ぶゲーム。
- それぞれ「協力」すれば両者にとって最善だが、自分だけ裏切ると自分が得をする。
- 両者が裏切ると、最悪の結果(両者負け)になる。
| 利得票 | 囚人B協力 | 囚人B裏切り |
| 囚人A協力 | -1,-1 | -10,0 |
| 囚人A裏切り | 0,-10 | -5,-5 |
この表は各プレイヤーの得られる利益(懲役なので正確にはバツの重さ)を示しています。
囚人Aが協力し、囚人Bが裏切れば、
Aは-10、つまり10年の懲役です。
そしてBは0、つまり釈放されます。
両者が協力すれば、懲役は両者とも1年で済みますが、
もしも相手が裏切れば懲役10年になってしまいます。
これに加え、裏切りを選べば最低でも5年で済むので、
両者とも裏切りを選ぶしかありません。
思い込みの打破から得られるもの。
これを現実の交渉に当てはめて考えてみてください。
両者とも、常に相手がだまそうとしているという思い込みにとらわれている限り、
最小限の利得しか得られないということになります。
この思い込みはパイが一定であるという前提から来ています。
つまり、パイが一定なのだから、交渉とはどうやって相手を出し抜き、
パイの取り分を大きくするか、という思い込みにとらわれているのです。
しかし、さんざん今まで申し上げた通り、
その思い込みからは敗者しか生まれません。
つまり、価値の破壊にしかつながらないのです。
だったら最初から交渉などしないほうが時間と労力の無駄にならずに済みます。
我々は何のために交渉するのか?
もちろん価値を得るためです。
価値はどこから生まれるのか?
それは【違い】からです。
みかんが好きな人と、リンゴが好きな人がいたとします。
みかんが好きな人はリンゴは好きではありませんが、リンゴを持っています。
リンゴが好きな人はみかんが好きではありませんが、みかんを持っています。
両者にとって、今持っているものに、価値はありません。
そこで両者が両者の持っているものを交換します。
すると、両者は好きなもの得られたという結果が生れます。
ここに犠牲はありません。
当人にとっては0の利得のものを、相手に差し出すことによって、
利得を得られました。
そして両者ともに利得を得たことで、全体の利得が0から2人分の利得が生れました。
これが良い交渉です。これが交渉の本質です。
ここからどんな教訓が得られるでしょうか?
それは、交渉において相手と自分の優先順位の【違い】を見つけることによって、
交渉全体の【価値】を創造することができるということです。
そして自分にとって価値のないものを譲渡することによって、
相手から自社にとって価値のあるものを得られる可能性があるということです。
まとめ
良い交渉の本質:交渉とは「パイの奪い合い」ではありません。真の交渉とは、お互いの違いを活かして価値を創造することです。
主要なポイント:
パイの奪い合いは価値の破壊を招く
- 実力伯仲の者同士が争えば、両者共倒れになる
- 戦争の勝者でさえ、長期的には敗北する(ソ連の事例)
- 909ドルをめぐる裁判で10万ドル以上を失った理事会の例
囚人のジレンマが示す教訓
- 「相手が裏切る」という思い込みにとらわれると、両者とも最悪の結果になる
- パイが一定という前提が、価値の破壊につながる
価値は「違い」から生まれる
- みかんとリンゴの交換の例:お互いに価値のないものを交換することで、両者が利得を得る
- 犠牲なしに、全体の価値が0から2人分の利得へと増える
良い交渉の鍵:
交渉において相手と自分の優先順位の違いを見つけることで、交渉全体の価値を創造できます。
自分にとって価値の低いものを譲渡することで、相手から自社にとって価値の高いものを得られる可能性があるのです。
あなたも交渉をするときは、自分と相手の優先順位は何かを把握するところから始めてみると、
最初は困難に思われた交渉も、案外すんなりと、大幅な譲歩は必要なく締結できるかもしれません。
