本人には自分で決めたと思わせながら、狙った方向へ導く手法

こんにちは、阿部隆宗です。

以前に中国古典の『戦国策』からの逸話から、
つかえそうな要素を抽出したことがありましたが、
今回も同じようにやっていきます。

事ならんずば則(すなわ)ちおそらくは見無けん

陰姫という女性が中山王の后の座を巡ってライバルと争っていた。これを見た策士・司馬喜は、陰姫の父に協力を申し出る。

司馬喜はまず中山王に「趙を弱体化させる策がある」と言って趙への使者となり、趙王に会うと陰姫の美貌を大げさに褒めちぎった。「これまで各国を巡ったが、陰姫ほどの美女は見たことがない。まるで神女のようだ」と。

趙王が興味を示すと、司馬喜は「口外しないでほしい」と念を押して帰国。

中山王には「趙王が陰姫を欲しがっている」と報告した。中山王が困惑すると、司馬喜はこう進言する。「趙は強国です。要求を断れば国が危うい。しかし陰姫を后に立ててしまえば、他国の后を要求する者などいません」

中山王は陰姫を后とし、趙からの要求を回避した。

(出典:近藤光男著『戦国策』より要約)


考察

司馬キがやったのは、中山王の后の座をめぐっての争いを、国家の安全保障へのすり替えです。

詳しく言うと・・・中山王は最初は誰を后にするかについてまだ決定的な考えはありませんでした。
だから意思決定の基準も曖昧でした。
例えば誰が一番好きかとか、あるいは逆に消去法で嫌いな者を選ばないようにするとか、
そういう風になる可能性もありました。

そうなるとそれは王の気分や好みの変化次第となります。
そうなると、選ばれる側は、后の座を奪い合うライバルたちとの熾烈な争いに勝つ必要があります。
しかもそれにリソースを大量投入しても、確実に勝つ保証はどこにもありません。

しかし、司馬キの介入により、それが「趙の要求をどう突っぱねるか」へと強制的にシフトさせられました。
つまり、本来は選ぶ側のほうが意思決定の基準を選択するはずが、
あべこべに選ばれる側のほうが選ぶ側の意思決定の基準を決定したということです。

これにより、后選びはただの「宮廷争い」から、「国家の安全保障」問題へと変化します。
そうなると王の好みで后を選ぶどころではなくなり、「国家」として、陰姫を后に「しなければ」いけなくなります。

実はこれは王にとっても助かることでした。というのも、
これにより誰かを選んだ際の「選ばれなかった」方への言い分も立つことになるからです。
つまり、王としては「私が選んだのではない、状況が選ばせたのだ」という態度を取ることができました。

これは責任の所在を外部へ投影することです。

リーダーが自分の意思で人選を行うと、不満の矛先はリーダーに向かう可能性があります。
しかし、「外圧」を理由にすると、リーダーは「私だって本当はしたくないが、状況がそれを許さない」
という「被害者側」に回ることができます。

つまり中山王は、妃選びにおいて潜在的にリスクを抱えていました。
それは后を選んだ際に、選ばれなかった側の不満をどう扱うかというリスクです。
だからこそ妃選びを慎重に行う必要がありました。
しかしこの策によって、そのリスクを回避することができました。

もしもこの決定を覆そうとするなら、陰姫を后にすることに反対することになります。
ということは、すなわち<趙と戦争になるか、むざむざ差し出して諸国の物笑いの種になるか>という不名誉な二択を選ぶ、
ということになります。

当然そんな二択を絶対権力者である王に突きつけられる家臣などいません。
よって、これにより異論を封じ込めることに成功したと言えるでしょう。

ただあくまでこれは王の側の視点です。

司馬キの視点でこの逸話を整理すると、司馬キは中山王を「陰姫を后にするように」説得したのではなく、
中山王を取り巻く環境そのものを変化させることで、司馬キが属している陣営、つまり陰姫陣営の目的を達成するという利益をもたらしました。

王本人はその選択を自分で選んだと思っていでしょうが、実際には司馬キによってその選択は誘導されていました。
それでいて、司馬キによって、中山王の決断は誘導されていながら、本人には「主体性」を感じさせました。

これによって司馬キは恨みを買うことなく目的を達成することができました。

応用方法

この逸話はどんなことに応用できるでしょうか?

この逸話の肝は、「説得」というよりも、「環境を変化させたこと」にあります。
つまり、直接相手を動かそうとするのではなく、
相手を取り巻く状況を変化させて、
<その選択肢を選ばないと損をする>
という形に作り替えることです。

例えば社内でどうしても通したいプロジェクトがあったとして、
この逸話を応用したいとします。

そこであなたが司馬キの立場だとして、プロジェクトが成功した際に最も得をする人物に接触します。
(例えば将来の役員候補、部門の長など)

「この案が通ればあなたの部門は社内でリードする立場になれます。
私が外で種をまいてきますので、外部折衝の担当者として正式に任命してください」

といって、権限を得ます。

そしてプロジェクトの構想を手に、有力な取引先や、
業界で影響力を持つ他社、特定の顧客層に直接アプローチします。

そこで、好意的な意見を、具体的な形としてもらいます。
つまり、<未来の顧客の声>というわけです。

顧客の声が持つ効果は様々なところで言われています。
しかし、通常はプロジェクトが完成したり、商品が発売してからしかもらえません。

それを、プロジェクト発足前にもらってしまおうということです。

社内の様々な意見よりも、市場のデータよりも、
圧倒的に、<社外の具現化された需要>のほうが説得力を持つのは言うまでもないでしょう。

その「証拠」を元に、社内の意思決定者に報告すれば、多大な説得力を持ってプロジェクトを通すことができます。
なぜなら、通常の企画書が「売れるはずです」という予測にとどまっているのに対し、
この方法は「買うと言っている人がここにいる」という事実であるからです。

こうなると、それは落ちているお金を拾うようなものです。
そのプロジェクトに反対することは、部門の予算争い、派閥争いといった低次元のものから、
<会社の利益を損なう行為>にすり替わります。

社内の政治力が届かない社外の力をてこにすることで、
圧倒的な説得力を持つことができるのです。

今回はここまで。

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