窮地からの自己プロデュース術

こんにちは、阿部隆宗です。

中国古典『戦国策』シリーズ第3回です。

今回は窮地にある状況から、の自己プロデュース術を紹介します。

江上(こうじょう)の処女に家貧にして燭(しょく)無き者有り

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窮地からの自己プロデュース術

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秦を追われ、斉へ向かう途中の甘茂(カンポウ)は、策士の蘇子(ソシ)に出会い、ある例え話をして自分を売り込みました。

【例え話の内容】

昔、川辺に住む娘たちが集まって夜な夜な糸を紡いでいましたが、
その中に一人、貧しくて灯火(あかり)の油を持ってこられない娘がいました。

他の娘たちが彼女を仲間外れにしようとすると、貧しい娘はこう訴えました。

  • 「私は油が買えない代わりに、誰よりも早く来て部屋を掃除し、皆が座る席を整えています。」
  • 「皆さんの灯火は部屋の隅々まで照らしており、その『余った光』を私に分け与えたところで、皆さんの損にはならないはずです。」

これを聞いた娘たちは納得し、彼女と一緒に作業を続けることにしました。

【甘茂の意図】

甘茂はこの話を自分に重ね、

「私は秦を追われた身ですが、斉へ行くあなたの手足となって働く用意があります。
あなたの輝かしい活躍の『余光』を少し分けていただけるなら、私は必ずやお役に立ってみせます」

と謙虚に助力を請いました。

その知略に感銘を受けた蘇子は、彼を斉で重用させるべく尽力することを約束しました。

※カンポウ(甘茂)は中国戦国時代の政治家。秦で左丞相となったが、讒言にあって失脚。のちに斉の宰相として活躍。

考察

これをまとめると、

「相手がすでに支払っているインフラがあり、
そこに自分一人が加わっても追加負担(限界費用)が発生せず、
かつ相手にとって純利益をプラスにする」

交渉ということになります。

まず相手にはすでに余剰資源があります。
それはまだ十分に活用されておらず、そのままだと何の価値ももたらしません。

そしてこちらにはその余剰資源を活用する術があります。
つまり、価値のないものを価値のあるものにするスキルがあるということです。

ただし、これらは前提に過ぎません。また成功要因の半分です。

残りの半分を阻んでいるのは何でしょうか?
カンポウは元、秦の宰相にまで上り詰めた超エリートであることです。

これがどう問題になるのでしょうか?
そもそも当時は戦国時代であったことを念頭に置かないといけません。

<他国のトップにいた人間が自国へ頼ってくる>
この時代において、それを素直に受け取ることはできません。
それな何を意味するのか?

「スパイにやってきたのではないか?」
「いつかまた秦に寝返るのではないか?」

という猜疑心を持たれるのは当然です。

そうでなくとも、カンポウは他国の宰相まで勤め上げたほどの有能な人材です。

推薦人の蘇子が、「私の立場が奪われるのではないか?」という可能性を考慮するのは当然です。

言い換えれば、カンポウはその有能さゆえに、用いられるどころか排除される可能性が高かったのです。
つまり、カンポウは実際のところ弱い立場であったと言えます。

もしもカンポウが自身のエリートぶりを存分に見せつけていたならば、用いられることは当然ないし、
そうでなくともストレートに

「斉へのつなぎをしていただければ、私の知略をもってあなたを支えましょう」

などと言っても、猜疑心を払しょくすることはできず、やはり交渉は難航したでしょう。

あえて「例え話」というクッションを置くことで、ストレートなメッセージではなく、
「自分は今どん底だが、知性は失っていない対等な策士である」という無言の証明をしたことになります。

寓話の力

寓話の力は人間の論理的な部分ではなく、感情に訴えかけます。

その効果は以下のとおりです。

1️⃣状況を寓話に置き換えることで、問題を客観的に見ることができる。

当事者である限り、問題を客観的に見ることはできません。
それはつまり、猜疑心という呪縛から離れられないということです。

なのであえて、当事者である自分たちを観客として、似た状況を設定することで、
状況のフレーミングを変えることができます。

2️⃣道義的優越感の刺激

明示されてはいませんが、この話において、貧乏な娘を拒絶しようとした娘たちは「器の小さい者」とみられていました。
分けても減ることのない明かりを独占しようとする娘たちは、必然的に「ケチ」なイメージがついてしまったからです。

それの状況を見て、よほどひねくれた人間でないかぎり、この娘たちのようなふるまいはしたくはならないでしょう。
つまり、この寓話によって、無意識的に蘇氏は
「自分は彼女たちとは違う、賢くて器の大きい人間でありたい」という自己イメージを持つようになりました。

こうなるとカンポウを助けることは、単なる利益の問題ではなく、「自分が優れた人間であることの証明」ということになります。

3️⃣エリートのイメージから「健気な掃除人」のイメージへと変換した。

何度も言いますが、もともとカンポウは秦の宰相でした。
相手はそのイメージが強く残っていたでしょう。

しかし寓話と彼の境遇を重ね合わせることで、少なくとも今は「貧乏な娘」のような境遇ですが、
「部屋のを掃除するくらいのことはできる」
という宰相として辣腕をふるっていた者の言葉とは思えないようなことを言い出すくらいには
落ちぶれてしまったというイメージを持たせることができました。

それは危険なエリートのイメージを、「健気な掃除人」へと変えました。

蘇子の立場

蘇子は寓話が面白かったからカンポウを助けることにしたのではありません。

助けることにしたのは、彼にとって、ローリスクハイリターンな投資に見えたからです。

というのも、相手が「危険なエリート」ではなく、「健気な掃除人」であるならば、
このタイミングで助け舟を出せば「一生モノの貸し」とすることができたからです。

カンポウの実力の確かさは、すでに実証済みです。
そういった相手に、最小のコストで一生モノの貸しができるという機会は一生涯においても滅多にあることではありません。

こういうメリットがあるならば、わざわざ寓話を用いなくともよいのではないかと思うかもしれません。

しかしただ合理的なメリットだけではカンポウの立場を安泰とするには十分ではありませんでした。

なぜなら、そうした話で得られる以上のメリットがあれば、すぐに裏切られるからです。
つまり、蘇子が「やっぱり秦に突き出したほうが得だ」と思えば、すぐに話は反故になる可能性がありました。

寓話の力によって、合理的な関係だけでなく、
道徳的なブレーキをかけることによって、カンポウはこの話を確かなものとしました。

エリート同士の交渉では、相手が有能であればあるほど、「合理的なメリット」だけでは十分ではありません。

「本当に話が動くのか?」
「自分がコントロールできるのか?」
「話に乗ることで自分の立場が危うくならないか?」

というリスクを乗り越える必要があります。

応用

これを現代に応用するにはどうすればいいのでしょうか?

例えば「格上の相手へのアプローチ」や「逆境からの再起」といった場面で使えるでしょう。

応用のための共通フレームワーク

まずこの逸話から応用するためのフレームワークを抽出すると、以下の3ステップになります。

  1. インフラの特定:
    相手がすでに維持費(固定費)を払っており、自分が加わっても負担が増えない場所(余光)を探す。
  2. 付加価値の「卑近化」:
    自分の高度なスキルを、あえて「掃除」「整理」「準備」といった、相手が拒絶しにくい低姿勢な実務に変換して提示する。
  3. 道徳的フレーミング:
    「これを断ることは、あなたにとっても損(非合理的)ですよね?」というニュアンスを、謙虚な態度の中に忍ばせる。

要は相手が活用しきれていない部分を、自分が活用して、
相手に価値を提供できるようなところがあればよいだけです。

この逸話ではカンポウ側が警戒されないように、自分のスキルを謙遜してアピールしていましたが、
そこまで高度なスキルがなくとも、また実際相手のほうが高度なスキルがあっても、
このフレームワークは応用できます。

というのも、相手が多忙な相手ならば、相手は「時間」というリソースが希少になるからです。
つまりは雑務を任せられる相手を常に探しているということです。

時間という概念を「リソース」としてとらえることで、
「余剰資源」の探索範囲は広がります。

付け加えると、成功のポイントは、<相手に手間をかけさせない>ということです。

いくらリターンが高いからといって、基本的に人は怠けたがりです。
つまり、お金で人は動くとは限りません。

この逸話が成功したのは、リターンが大きいこともそうですが、
実現するためのコスト負担がほとんどないということも大きいです。

何せ推薦するだけでいいのですから。

その点も、「余剰資源」の活用の際に注意してください。

以下、具体的な3つの応用シーンを提示します。


1. 転職・キャリアチェンジ

高い実績を持つ人が異業種やスタートアップに飛び込む際、しばしば「オーバースペック(有能すぎて扱いづらい)」として敬遠されます。

  1. 甘茂流の応用:
    自分の輝かしい経歴を誇示するのではなく、相手が現在抱えている「面倒な雑務」を特定します。
  2. 具体的なトーク:
    「前職での肩書きは一度忘れてください。私は御社のビジョンに共感しています。
    まずは現場のデータ整理や議事録作成など、皆さんが本来の業務に集中するための『掃除役』として私を置いていただけませんか?
    私の参加で皆さんのリソース(余光)が削られることはありません。むしろ皆さんの光をより強くしてみせます。」
  3. ポイント:
    相手の「警戒心」を「利便性」で上書きし、まずは組織の「インフラ」に潜り込むことに集中します。

2. 新規事業や提携交渉

自社にリソースがない状態で、大企業のインフラを利用したい場合に有効です。

  1. 甘茂流の応用:
    相手がすでにコストを支払って運用しているプラットフォームの「端っこ」を狙います。
  2. 具体的な提案:
    「御社がすでに維持されているこの物流網(インフラ)の、
    わずかな空きスペース(余光)を貸してください。
    追加コストは一円もかけさせません。
    その代わり、そのスペースを使って私たちが配送ルートの最適化データを収集し、御社にフィードバックします(掃除・席敷)。」
  3. ポイント:
    相手にとっての「限界費用ゼロ」を強調しつつ、断る理由(道徳的・合理的理由)をなくさせます。

3. メンター(師匠)への弟子入り交渉

多忙な実力者に近づきたい場合、ストレートに「教えてください」と言うのは「相手の時間を奪う」行為であり、拒絶の対象です。

  • 甘茂流の応用:
    相手の「余剰資源(移動時間や、チェックしきれていない情報)」に着目します。
  • 具体的なアクション:
    「お忙しいあなたの時間を奪うつもりはありません。あなたが毎日チェックされているニュースサイトの要約を、毎朝あなたのチャットに送らせてください(掃除)。あなたがすでに読んでいる情報の『余光』を少し分けていただけるだけで、私はあなたの情報整理の時間を削減してみせます。」
  • ポイント:
    「教えを請う(奪う)」のではなく、「環境を整える(与える)」という形で関係を開始します。

次のステップ

この戦略を実践する上で、<どのタイミングで「掃除人」から「策士(本来の自分)」に正体を明かすべきか>という出口戦略も重要です。

なぜならいつまでも「掃除人」でいると、都合のいい雑用係で終わってしまうからです。

具体的には、実力を示すことで、

  • 相手が「こいつがいないと不便だ」という状態を作っておく。
  • 「掃除」のついでに、付加価値を高めるようなものを追加する。

などということをしておくべきです。

今回はここまで。

参考図書

『戦国策』 著:近藤光男 出版:講談社学術文庫