隣のビルからエレベーターの運行時間を盗む

こんにちは、阿部隆宗です。

盗むことは疑いようもなく悪いことです。

でも世の中には「盗んで」もらうことで得をするということもあります。
まぁこの場合の「盗む」は比喩表現ですが、
こうしたユーモアを受け入れられるだけの心理状態が、
クリエイティブな解決策を生み出すには必要でしょう。

何が問題か?

『ライト、ついてますか———問題発見の人間学』著:ドナルド・C・ゴース、ジェラルド・M・ワインバーグ
を読んでいて、こんな話がありました。

ある町のど真ん中に、たちたての73階建てのブロントサウルス・タワー・ビルというものがある。

そのビルは現在ある問題を抱えていた。

エレベーターのサービスがお話にならないほどひどいことである。
入居者は「直ちに改善しないと出ていくぞ!」とオーナーを脅すくらいに不満を持っており、
そしてオーナーはその苦情に悩まされている。
しかし解決に向けて創造力を働かせようとしていない。

オーナーであるジオゲネス・ディプロドーカス氏にとっての問題は、
エレベーターではなく忌々しい苦情であるためだ。

そこでフィニキー・フィナンシャル・フィジューシアリー社の
郵便係ピーター・ピジョンホールがオーナーの注意をエレベーターに向けてもらうために動いた。

署名を集めたり、全米労働総同盟が介入してくるぞと噂を流したりして、
ディプロドーカス氏が「エレベーターの」問題を放置しないようにした。

ピーターはそこで「クリエイティブな解決策」を含むいくつかの案を提案した。

  • 賃借料を挙げて、入居者が少なくてもローンが払えるようにする
  • 入居者にプロントサウルス・タワー・ビルはエレベーターの具合が悪いからこそ、
    結構でゆったりした働き場所だと説得する。
  • 人通りの多いところに歩行時間とカロリー消費量の関係を示す表を張り出して、
    入居者におれたちはもっと歩いたほうがいいな、
    それにはエレベーターに乗らないで会談を歩こうか、
    と思わせる。
  • ビルに放火して、保険金を受け取る。
  • 建設会社を訴える
  • 隣のビルからエレベーター運転時間を盗む

ピーターはオーナーを怒らせた。

「真面目に」取り組むことにしたピーターは、
問題解決の原則を思い出した。

問題とは、望まれた事柄と
認識された事柄の間の相違である。

という原則である。

つまり、問題は理想と現実にギャップがあることで起こる。
ということは、問題解決は
理想を低くするか、現実を修正するという
2つのアプローチがあることになる。

彼はエレベーターを早くするという、
現実修正アプローチをとれないため、
理想を低くするアプローチをとることにした。

つまり、「エレベーターの待ち時間が長い」
という認識を、
「エレベーターの待ち時間が短い」
という風に変えた。

彼は各階の踊り場に鏡を取り付けた。
そこで自分たちの身なりを確かめてもらうためである。

ほとんどコストのかからない解決法に大喜びした
ディプロドーカス氏は直ちにそれに取り掛かった。
両者の「問題」は解決した。


ここでいったん解説。

ほとんどの人は、問題解決をするときに、
直ちに解決策を考え出すことに取り掛かってしまいます。

それは経験豊富な問題解決者すら陥ることで、
「早く解決してほしい」という社会的圧力が、そうさせます。

これの何が問題か?

そもそもそうして出た解決策が、解くべき問題の解答であるという保証がないことです。

そもそも解く問題を間違っていたら、解答に何の価値もありません。

よって問題解決には、まず何が問題か?誰の問題かを特定する必要があります。

それができたら問題の分解です。

問題の分解方法は、2つあります。

  • 何を望まれているのか?(望まれた事柄)
  • 問題は何だと考えられているのか?(認識された事柄)

つまり、問題は客観的な物体として存在してはおらず、
人間の心の中に現象として現れる事柄であるということです。

ピーターはそれを完全に認知し、
エレベーターをどうこうするという、コストのかかりすぎる解決策ではなく、
「待っている」という認識そのものをどうにかすることにしました。

それを、鏡をおいて「身だしなみを整える時間」へと変えました。

この手法はディズニーにおいても導入されています。

ディズニーは、列に並んでいる時間そのものをアトラクションの一部(プレショー)に変えています。

徹底した世界観(テーマ):
列の周りに精巧な装飾や小道具を配置し、ゲストが物語の世界に没入(認知の占有)するようにします。

インタラクティブ(双方向)な仕掛け:
並んでいる途中に触れると動く壁や、スマホ連動型のゲームを用意し、ゲストを「受動的」から「能動的」な状態へ切り替えさせます。

ぐにゃぐにゃ曲がるキューライン:
キューラインとは待ち列のことです。
これが端から端まで一直線だと、単調な動きとなり、ゲストたちは飽きます。
ディズニーはわざとぐにょぐにょ道を曲げ、頻繁に曲がり角に当たるようにしています。

などの工夫がなされています。


さて、続きはどうなったのでしょうか? 

見事問題を解決したと思った数週間後、
今度は鏡が落書きされるという事件が発生した。
しかし何もしないうちに解決した。

そもそもエレベーターの待ち時間が問題だったのだから、
鏡の落書きはそれに対して何の支障もなかった。
むしろピーターはクレヨンをおいて、落書きを促進した。

そうするうちにブロントサウルス・タワー・ビルは1歳の誕生日を迎えた。
エレベーターの定期点検に来た技術者たちが、
エレベーターが遅い原因を突き止めた。
そしてエレベーターの現実的問題は解決した。

それを聞いたオーナーのディプロドーカス氏は、丁度、
ビルの風紀向上委員会から鏡の落書きに関する要望書を読んでいたところだった。

現れ始めていた問題と、今まで悩ませていた根本的問題を一挙に解決したディプロドーカス氏は、
労働者たちが喜びにあふれているだろうと考えた。
そしてそれを直接見たいと思った。

そこでは遅いエレベーターのおかげで、平均化されていた何百人というラッシュが、
一斉に地下鉄の入り口に殺到していた。

ディプロドーカス氏はこのような混雑に慣れておらず、
たちまちその群衆の中に飲み込まれてしまった。

ディプロドーカス氏がその雑踏から押し出されたとき、
その先は地下鉄の線路の上だった。

そしてちょうど急行が入ってきていた。

葬儀には多数の人たちが参列した。
この1年の間に、経営者、労働者たちは彼の人となりを多少なりとも知り、
それなりの尊敬を彼は勝ち取っていたからである。


『ライト、ついてますか』の著者であるワインバーグは

「問題は解決されることはない。
ただ、よりマシな問題へと置き換わるだけだ」

としています。

それは解決策が環境を変えてしまうため、
その新しい環境においてまた別の理想と現実のギャップが生れるためだったり、
どんな解決策も特定の誰かにとっては改悪になることがあるためだったりという理由があります。

この段落では、

  1. 鏡を設置したら落書きの問題が出てきた(風紀の乱れ)
  2. エレベーターの問題を根本的に解決したら、
    通勤ラッシュが悪化してしまった。(特定の誰かにとっての改悪)

というような問題が続出してきました。

これはこの状況における特有の「問題」ではなく、
現実世界の抗いようもない法則なのです。

さて、この話には後日談があります。

ピーターがディプロドーカス氏の墓参りをしたときのことである。

そこで一人の老人に出会った。
その老人はE・J・コルベアと名乗った。
ブロントサウルス・タワーと路地を隔てた隣のデパートのオーナーである。

ピーターは彼と、ディプロドーカス氏に関する思い出を語った。

そこでディプロドーカス氏を激怒させたことを語った。
つまり、隣のビルからエレベーターの運行時間を盗んだらどうか?といったときのことである。

ピーター:
「『お前はどうやってエレベーターの運行時間を、隣のビルから盗めるというのかね?』
と聞かれたんですが、うまい答えが言えませんでした。
それで放り出されてしまったのです」

コルベア:
「そりゃ残念でした。

もしエレベーターの運行時間を一つのビルからとって、
もう一つのビルで使えるものだったら、
私の方ではそれをたっぷり提供できるんですがね。」

ピーターはどういう意味か聞いた。

コルベア氏の状況:

  • コルベアのビルは不景気で、エレベーターを使ってくれる人がほとんどいない
    👉だからエレベーターの運行時間がいっぱい余っていた。
  • もしも向かい側のビルから、人が流入してきてくれれば、
    コルベア氏のビルは景気が良くなる。
    👉そのための渡り廊下の設置の費用はコルベア氏が支払ってもよいと思っていた。

コルベア:
「おたくの皆さんが私のエレベーターの運行時間を盗んでくだされば、
私は大喜びどころではありません」

そのアイデアはディプロドーカス氏の相続人に伝えられ、
実現し、想定した通りになった。

『ライト、ついてますか———問題発見の人間学』より要約。


ワインバーグはこれを次のように締めくくっています。

ユーモアのセンスのない人のために
問題を解こうとするな。

ガチガチの固定観念は、優れた解決策を殺します。
ユーモアを受け入れる度量は、人間的な器が大きいということのほかに、
優れた解決策をも受け入れるだけの度量があるということです。

論理的・直線的なアプローチが間違っているというわけではありませんが、
立体的なそれとは相いれないものがあります。

不真面目にやれば優れた解決策が生れるわけもありませんが、
不真面目さを受け入れられないならそれはそれでこのように価値創造の機会を失います。

これが人間世界の面白さというものでしょうか?

今回はここまで。