現状維持を最高の結果として再承認させる技術

こんにちは、阿部隆宗です。

「労多くして功少なし」という言葉があります。
これは多くの労力を費やしたにも関わらず、得たものは少なかった、という意味です。
一般的には費やした労力に比例して何かを得られるというのが普通の認識ですが、
現実は違います。

現実はどれだけ頑張っても報われないということが溢れています。
けれども僕はあなたを絶望させたいわけではありません。

これを逆に考えれば「労少なくして、功多し」ということもあり得るからです。

今回は中国古典の『戦国策』からひとつ逸話をご紹介します。

未だ嘗て人の書くの如く其れ美なるを見ざるなり

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一銭も使わず、ただ言葉と演出だけで、王の信頼、后妃の感謝、莫大な黄金の3つを手に入れた話

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張儀(ちょうぎ:戦国時代の著名な外交家)が楚にいたころの話である。

楚の王、壊王には后(正妻)の南后(なんこう)と夫人(側室)の鄭シュウとが楚で大変な勢力を持っていた。

張儀は楚の王に用いられなかったので、楚王に「晋の国へお目通りさせていただきます」と言った。その際に、「王には何か晋の国から手に入れたいものはございませんか?」と問うた。

王は自国に何もかもあるから、特にはないと答えた。

そこで張儀は「では美人はいかがでしょう?」と言って、晋の国の女性の素晴らしさを強調した。王は興味を持ち、張儀に美人を紹介させるために珠玉を取り出して費用に当てさせた。

大変なのは2人の后妃(こうひ)である。

もしも自分たち以上の美人を連れてこられて、王の寵愛を奪われれば自分たちの権勢が衰えてしまう。そこで后妃達は張儀へ賄賂を送った。

「私は将軍が晋国へお行きになると聞きました。たまたま黄金一千斤がありますので、おそばの方まで進ぜます。お馬の飼料にでもお当てください」

賄賂を受け取った張儀は、楚王にいとまごいする際に、

「天下は国々の関所が閉ざされていて、なかなか通れません。今度はいつお目にかかれるか分かりません。どうか盃を賜り等ございます」と言って、ともに酒を酌み交わした。

ほどよく酔いが回ったところで張儀は、

「この席には他人がいるわけではございません。どうか王がお気に入りの御婦人方をお召くださって、盃を頂かせてください」と言って、2人の后妃を召しだしてもらった。

そこで張儀は再拝して請うた。

「私は大王に死刑に当たる罪を犯してしまいました」

王が言う。「なんのことか」

張儀、「私は天下をあまねく巡り歩いておりますが、まだこれほどまでに美しいお人を見たことがありません。にもかかわらず私が美人を見つけて参りましょうなどと申しましたことは、王をお欺き申したことになります」

王が答える。

「もうよい。私はもともと、天下にこの二人に及ぶものはないと思っていたのだから」

※これは解釈しやすいように一部編集しております。原文そのままではないのでご注意ください。

考察

この逸話において張儀は、
<誰も傷つけず、全員を満足させながら、自分だけが莫大な利益を得る>
ということを成し遂げています。

  • 王: 自分の女が一番だと再確認できて満足。
  • 后妃: 地位が安泰となり、自分たちを褒めてくれた張儀に感謝。
  • 張儀: 黄金を手に入れ、王を騙した罪も問われず、むしろ誠実な印象を与えた。

張儀はこの時代、遊説家として活躍した偉人です。
『戦国策』は逸話集であり、これが本当かどうかは分かりませんが、彼らしい逸話であると言えるでしょう。

張儀は何一つ実体のあるものを提供していません。
ただ人々の認識を操作しただけです。

なので張儀は
<一銭も使わず、ただ言葉と演出だけで、王の信頼、后妃の感謝、莫大な黄金の3つを手に入れた>
ことになります。

これは張儀がうまく利益を得たことが主題の話かもしれません。
しかし、この話自体からはより深い洞察を得られます。

つまり、「現状維持を最高の結果として再承認させる」技術として。

体系的整理:「価値転換」フレームワーク

【STEP 1】 欠乏感の創出(インサイトの提示)

  • 行動: 「足りないものはない」と言う王に、あえて「外部の美人(新しい価値)」を提案。
  • 目的: 現状に満足している当事者に「もっと良いものがあるかもしれない」という不安と期待を同時に植え付ける。

【STEP 2】 既得権益者へのプレッシャー(競合の演出)

  • 行動: 王から公費を引き出し、実際に探しに行く姿勢を見せる。
  • 目的: 既存の勢力(后妃)に対し、「何もしなければ地位を失う」という強制的な行動原理を発生させ、自分への投資(賄賂)を促す。

【STEP 3】 どんでん返し(期待値のコントロール)

  • 行動: 最高の舞台(酒宴)を用意させ、そこで「外部の理想」を否定し、「目の前の現状」を「理想以上のもの」として再定義する。
  • 目的: 恐怖(后妃)と不満(王)を、一気に安心と優越感に反転させる。

⭐張儀流・応用のための共通公式(フレームワーク)

これらを体系化すると、以下の3要素を揃えることが成功の条件になります。

  1. 「外の世界」という比較対象: 自分を縛る「現在の枠組み」の外に、魅力的な選択肢があることを見せる。(実在しなくても、その可能性を信じさせれば十分)
  2. 「喪失のリスク」を自覚させる: 相手に「このままだと、今ある良い状態(または人)が奪われる」という恐怖を一時的に持たせる。
  3. 「現状=最高」という結論への着地: 最後は必ず相手を立てる。「外よりも、あなた(ここ)が一番だ」と結論づけることで、相手はあなたに「安心」と「優越感」を与えられたと感じ、深い信頼を寄せます。

どうしてこのような現象が起こるのか?

これは<あって当たり前だったものが、外部の視点や危機を経て「希少なもの」に変化する現象>ということができます。

人はどんなに素晴らしい環境であっても、時間がたつと当たり前と感じてしまう、<心理的順応>という性質があります。
そうなると段々とそれは大事にされなくなります。
なぜなら価値を感じないからです。
人は価値を感じるものを大事にする性質があるためです。

結局のところ、人は<対照(コントラスト)>がないと、本質的な価値を認識できない生き物です。
だからこのようなことが起きます。

なぜなら人間の価値判断は主観的なものであり、その主幹も社会や他者の影響を受けるからです。
つまり、主観的であり相対的であるのが価値判断です。

ではどうやってそれに再び価値を感じさせるか?

「失う可能性」を示せばよいでしょう。
あくまで可能性を示すだけで構いません。
そもそも価値を感じるのも感じなくなるのも心理的作用なのだから、
あくまで認識を変化させるだけで十分なのです。

人は「いつでも手に入る」「ずっとそこにいる」と思うと、興味が薄れてしまいます。
しかし、「もう手に入らないかも」「奪われるかも」と感じた瞬間、猛烈に価値を感じようになります。(天邪鬼にもほどがあります)
このように選択肢が奪われることへの反発を、心理学では<心理的リアクタンス>と呼びます。

例えば

  • いつでも会える友人にはあまり会いに行かないが、「もうすぐ引っ越す」と聞くと急に会いたくなる。
  • 「在庫限り」という表記を見ると、急にそれが欲しくなる。

といった現象が起こるのは、この<心理的リアクタンス>の効果によるものです。

ただし、心理的リアクタンスだけでは最後の満足感は達成できません。
心理的リアクタンスで生まれるのは、あくまで「奪われたくない」という執着心です。

たとえ奪われずに済んだとしても、それは元に戻るだけです。
今回の戦術ではそこに加え、<価値が無いものだと思っていたものが、実は宝物であった>という最終結果も達成しています。

これは外部評価(社会的証明)の効果によるものです。
外部評価のお墨付きがあるからこそ、王は自身の過去の選択が全肯定されたと強く感じるようになります。

この戦術の肝は、「現状を維持した」ことではありません。
「現状の価値を爆上げしたこと」にあります

もしも本当に張儀が美女を探しに行って、連れ帰ってこれなかったら、
張儀は王からの信任を失い、后妃たちにも無駄な疲労感を味合わせただけに終わります。

もしも連れ帰ってきたならば、王から信任を得るかもしれませんが、后妃たちの敵意を買ったでしょう。

どちらにしても張儀にとっては少なからずデメリットがあります。
まさに骨折り損のくたびれもうけです。

しかし、今回の戦術は張儀自身は大した労力を働かせていないのに、
王の満足感と、后妃からの感謝を得つつ、張儀自身も利益を得ました。

これは物の価値は、物自体にあるのではなく、人の解釈の中にあることの証明と言えます。

フレームの応用

このフレームは一言で言うと、
<相手に一度、外の世界を想像させ、その熱を冷ます過程で、自分たちの価値を際立たせる>
手法です。

つまりは<雨降って地固まる>ということです。
このようにことわざになるくらい、古い時代から使われている、
定番の方法です。

定番ということは、効果が時代の試練に打ち勝ち続けているくらい確かだということです。

そしてこれはいろんな場面で応用可能です。

既存クライアントのリプレイス(乗り換え)阻止

競合他社が攻めてきている状況で、あえて自分からこう提案します。

  1. 揺さぶり:
    「最新のAI技術や他国企業の事例は確かに魅力的です。一度徹底的に調査し、御社に導入すべきか検討しましょう(旅に出る提案)」
  2. 根回し:
    社内の保守派(現状を変えたくない層)に対し、
    「このままでは外部勢力に負ける」と危機感を持たせ、協力を取り付ける。
  3. 着地:
    調査報告会で「世界中の事例を見ましたが、御社の現在のオペレーションこそが、
    実は最も堅牢で理にかなっていました。外の真似をするのは、宝を捨てるようなものです(再拝して請う)」
    • 効果: クライアントは「自分たちの正しさ」をプロに証明してもらった形になり、あなたへの信頼は絶大になります。

解説

人は不思議なもので、たとえうまくいっているものでも、
大した理由もなくやめてしまったり変化させてしまいます。

現代社会ではどんな企業も変化を求められているので、
変化することが悪いわけではないのですが、
そういう状況の中でも変化してはいけないものもあります。

この作戦は、取引先の企業がそうした変化を求めている場合に、
より正しくは<変化しないほうがいいのに変化を求めている>場合に使うとよいでしょう。

まず変化を求めている経営者に、そのまま
「今のままでいいですよ」
というだけではクライアントの目には
「変化を嫌う怠慢な業者」と映ります。

そこであえて相手の思惑に乗って、一見、自社からの乗り換えを加速させるような提案をします。
こうすることで、「このままでは時代に取り残されるかもしれない」という不安を共有するパートナーになれます。

その際は単に
「ではこちらで競合他社の調査をしましょう」
などと言っても、
「こいつは自社に有利な調査結果を提出するつもりだな」
となってしまう(事実そうですが)ので、言い分を工夫する必要があります。

有力なのはプロとしての矜持を前面に出すことです。

つまり「最高のものを提供したいからこそ、外も知っておきたい」という専門家としての言い分です。

  • 言い分:
    「私はこの業界のプロとして、御社に常に『市場で最高の解決策』を提供し続ける責任があります。
    もし他社に負けている部分があるなら、私自身がそれを知っておかねばなりません。
    その上で、やはり弊社が最適だと確信してお付き合いを続けさせていただきたいのです。」

こういういい方ならば、確かに提案した側にとってもメリットのある提案となります。
調査の結果、競合他社に行かれたとしても、少なくとも市場の正確な状況を把握できるのですから。

とにかく調査を引き受けることが大事です。

そうすれば、自然とこちらとクライアントの接触の機会が増えます。
それは競合他社との接触の機会が減ることと同じです。

また調査を引き受けることで、相手に
「ここまでやってくれたのだから、無下にはできない」
という恩義を創出することができます。
これも現状維持の楔の一つとなります。

そしてそこからが策士の腕の見せ所です。
こうやってあえて「外の脅威」を強調することで、社内保守派は心理的リアクタンスの効果が出ます。
つまり、現状維持のための行動に乗りやすいということです。

そこで危機感を持った保守派と協調して、
「現状維持こそ正解である」という結論に持っていきます。

そこで
「実はたいしたことはなかった」
と言ってしまうと、
「それはあなたの調査能力が低いだけなんじゃないか?」
と思われてしまいます。

なぜなら相手はすでに<隣の青い畑>に魅了されているからです。

だから相手のその認識をまずは認めてあげることが必要です。
具体的には以下のように言います。

「海外の最新事例A社は、確かにAI導入でスピードは上がりましたが、
御社が最も大切にしている『顧客への信頼』という根幹が崩れ、解約率が跳ね上がっていました。
外の真似をすることは、御社が数十年かけて築いた最大の資産(信頼)を捨てることと同義です。」

ただしこの手法を使いたいなら、ちゃんと自社のサービスが本当に他社よりも優れている場合にのみ使ってください。

優秀な部下やエース社員の「離職引き留め」

部下が「今の仕事に飽きた」「もっと刺激のある環境へ行きたい」と言い出した時のマネジメント術です。

  • 揺さぶり(旅の提案):
    「君ほどの能力があれば、外の世界(GAFAやスタートアップなど)を見たくなるのは当然だ。
    一度、本気で転職活動をしてみたり、副業で他社のプロジェクトに触れてみたりして、自分の市場価値を確かめておいで。」
  • 根回し(リスクの可視化):
    部下が外を見ている間に、外の世界の「厳しさ」や「孤独さ」、
    そして今のチームで彼が持っている「権限」や「信頼関係(目に見えない資産)」がいかに希少かをさりげなく会話に混ぜる。
  • 着地(再発見):
    数ヶ月後、「外を見ましたが、やはり今の環境が一番でした」と部下に言わせる。
    あるいは自分から
    「外もいいが、君の今のポジションほど自由度が高い場所はなかっただろう?」
    と確認する。

解説

無理に引き留めるよりも、本人が<自分で納得してここを選びなおした>
という形にしたほうが自律的な忠誠心が生れます。

そもそも優秀な成績を収めているのは、本人の実力があることは間違いないのですが、
それを発揮できる環境もまた重要です。

転職を言い出す人は、そういう環境のことをよくわかっていないから、
そう言い出したのかもしれません。

そういう場合は、この手段を使って、本人にそれを自覚させた方が、
自他ともに良好な結果を得られるでしょう。

予算承認を得るための「最上位プラン」の演出

社内予算や、高額なプロジェクトの決裁を得たい時のプレゼン術です。

  • 揺さぶり(理想の提示):
    「本来なら、数億円かかる最高峰の外部プラットフォーム(秦の美女)を導入すべきだと考え、徹底的に調査しました。」
    と、到底予算に合わない「理想案」を大々的にプレゼンする。
  • 根回し(現実への落胆):
    「しかし、その最高峰のツールは、我が社の既存フローをすべて破壊し、現場を大混乱させるリスクも判明しました。」
    と、外の理想が「毒」にもなることを示す。
  • 着地(価値の再定義):
    「そこで改めて検討したところ、弊社の既存システムをベースに、この500万円のカスタマイズ(自分の本命案)を施すのが、
    実は世界一のプラットフォームを導入するよりも効率的でリスクが低いという結論に達しました。」

解説

これは「ドア・イン・ザ・フェイス」と呼ばれるテクニックです。
ドア・イン・ザ・フェイスとは、最初に無理な大きな要求をして断らせ、
そのあとに本命の小さな要求をして承諾を得る心理テクニックのことを指します。

価値の再定義という意味ではこれも含まれます。

もしも最初に500万円の予算案を提出した場合、
それが「アンカー」となります。
つまり、判断基準の元となります。

しかし最初に数億円の案を提出すると、
それが「アンカー」となり、価値基準の元となります。

例えば数万円の買い物は一般人にとって高額な買い物ですが、
車を買うときに「ついで買い」で数万円のドライブレコーダーを買うときは、
安く感じます。

それと同じように最初に「数億」という値段を提示すると、
「500万」という金額はお得に感じます。

これは実態が変わったのではなく、認識が変わったにすぎないのですが、
こういうのが行動に移るかどうかに非常に重要なのです。

採用市場における「自社の強み」の再構築

知名度の低い企業が、優秀な人材を獲得するときに使う方法です。

  • 揺さぶり:
    面接で「君のような優秀な人は、誰もが知る大企業へ行くのが幸せだと思う。
    一度、大手のエージェントと徹底的に話して、彼らが提示する条件を聞いてきたらいい。」
    とあえて突き放す。
  • 根回し:
    「ただし、大手では君は数万分の一の部品になる。
    そこでの成功は君の力ではなく会社のブランド力だ。
    そのリスクだけは覚悟しておいてほしい。」
    と、大手の裏にある欠点を植え付ける。
  • 着地:
    「色々と見たかもしれないが、君のような『個の力』で世界を変えたい人間にとって、
    実はうちのような裁量権のある環境こそが、最高のステージだったと後で気づくはずだ。
    私はそれを確信している。」

解説

候補者は「選ばれる立場」から「自分で価値を判断する立場」に変わり、
最終的に自社を選んだ際に、「ブランドに惑わされず、本質を見抜いた自分」という誇りを感じるようになります。

ただこれはそれに説得力を持たせるだけの一種のカリスマ性のある人だけが使えるものでしょう。

一応フレームの応用という点から紹介してみましたが、
採用するときのアイデアの参考としてみてください。

社内派閥解消

これは少し今までのとは毛色が違います。
王の側、つまり経営者が、社内の派閥争いを解消するための策です。

  • ゆさぶり(期待と不安の創出):
    経営者が
    「現在の派閥争いによる停滞を打破するため、外部から強力な権限を持つ新チーム(あるいは執行役員)を中途採用する」
    という方針を打ち出す(噂を流す)。
  • 根回し(共通の敵と救世主の演出):
    外部コンサル(現代の張儀)が登場し、各派閥のリーダーに個別に接触。
  • 着地(現状の価値の再定義と全肯定):
    報告会にて、コンサルが経営者に対し
    「外の候補者も精査したが、今のメンバーが一致団結した際のポテンシャルはそれを凌駕していた。今の体制こそが最強である」
    と結論づける。

解説

経営者が直接、「争いをやめろ」というと、角が立ったり、下手をすると
「あっちの派閥に肩入れしている」
と疑われたりします。

そこで「外部コンサル」という第3者を入れることで、スムーズな解決を可能にする。

まず経営者はあるうわさを社内に流します。

「外部から新しい執行役員や優秀なチームを中途で入れるつもりだ」

これを聞いた派閥争いをしている人たちはどう思うでしょうか?
「自分たちのテリトリー(権力基盤)を奪われるかもしれない」
と、<共通の敵>が現れたことで、彼らに強烈な心理的リアクタンスを生じさせます。

ここで経営者はその噂に真実味を持たせます。
つまり、実際に「外部人材の選定」を名目に、コンサルを投入します。

そしてコンサルは派閥のリーダーたちに個別にこうささやきます。

「私は社長から『既存の派閥が機能していないなら、外から新しい人材を入れろ』と命じられています。
しかし、実際に調査したところ、あなたたちの専門性や経験は非常に高く、これを捨てるのは損失だと思っています。
もし皆さんが一時的にでも休戦し、プロジェクトで成果を出してくれれば、私は社長に『新しい人材は不要です』と報告できます。
私と一緒に社長を説得しませんか?」

こうすることで、コンサルは派閥のリーダーたちにとって、
「脅威」から「自分たちの地位を守ってくれるパートナー」へと
ポジションがチェンジします。

そして最終的に、コンサルは社長と派閥メンバーが同席する場でこう報告します。

「外の候補者も検討しましたが、今のメンバーが一致団結して出したこの成果こそが、御社にとっての正解でした。
これほどの連携ができるチームに、外部からの新しい血は必要ありません。」

この流れの中で、誰か<悪者>となった人はいたでしょうか?

もしも社長が強権を振りかざして派閥争いをやめさせていたら、
(それはそれで社長の決断力がある証拠と言えますが)
派閥の中で「無理やり従わせられた」という納得しがたいものが生れたでしょう。
それは後々の反抗の種となるやもしれません。

そして当然ですが派閥争いを放置していても社内のリソースの無駄遣いになるだけです。

この策によって、派閥争いのエネルギーを、外部からの侵入を防ぐという防衛エネルギーに変え、
それをそのまま業務の推進力に変えました。
しかも恨みを買わないままに。

外部からコンサルを雇う理由として、このような用い方もあります。
つまり、コンサルから何かアドバイスしてもらうのではなく、
経営者自身の考えをスムーズに社内に浸透させるために、
あえて<第3者>を介入させるという手法です。

実際に大企業を相手にするようなコンサルタントは
そういう使い方をしてくださいという風に売り込むこともあるそうです。

既存製品・サービスの「リブランディング」

⭐コカ・コーラ社の悲劇を回避する方法

歴史に残るマーケティングの悲劇として、コカ・コーラ社の「ニュー・コーク」の失敗があります。

1985年当時、コカ・コーラ社はペプシの台頭という脅威に対し、もっとおいしい味を求めて「ニュー・コーク」を発売しました。
実際にブラインド・テスト(ラベルを見せないで味だけ見てもらう手法)をしたところ、
<新しい味のほうがおいしい>という結果が出ました。
なのでコカ・コーラ社は自信をもって「ニュー・コーク」を発売しました。

結果、大失敗しました。

これは、心理的リアクタンスが悪影響を与えた例です。

というのも、「ニュー・コーク」を発売するとき、
新製品を追加するのではなく、わざわざそれまで99年間親しまれてきた味を置き換えるという判断をしました。
これは<愛着のある味を奪われた>という捉え方をされ(実際そうだったのですが)、
激しい抗議運動につながりました。
そしてわずか79日後にオリジナルの味を復活させました。

コカ・コーラ社はどうすればよかったのでしょうか?
実際にブラインド・テストで「新しい味のほうがおいしい」という歴然としたデータに対し、
どうやって対抗すればいいのでしょうか?

こういうのはどうでしょうか?

「社長、世界中の知見を集めた結果、我々は『科学的に最も美味しい味』を開発することに成功しました。
しかし、 実際に消費者の声を聞いて回ったところ、彼らが求めているのは『科学的な正解』ではなく、
我々と共に歩んできた『思い出と伝統という、科学を超えた価値』でした。

新しい味は確かに古いものよりも優れています。
しかし、『積み重ねた月日』には逆立ちしても勝てないのです。
我々は、この完璧な新味を『限定品(あるいは別ブランド)』としてのみ世に出し、
本流としては、世界中が愛した『今の味』を、これまで以上に大切に守り抜くべきだと確信しました。

実際のところ、人はただの<甘い炭酸水>を飲んでいるのではありませんでした。
コーラを飲んでいる人にとって、コーラとは「思い出」であり、
「歴史」であったわけです。

よってブランドコピーを作るなら、

「進化を、やめました。あなたの思い出を守るために。」

という方向性で打ち出すのはどうでしょうか?
これは競合他社にまねできるでしょうか?
これなら「新しい」ペプシと明確に差別化できたはずです。

応用する際の注意点(リスク管理)

この戦術は非常に強力ですが、劇薬でもあります。成功させるための必須条件は以下の通りです。

  • 「出口」を必ず用意する: けなしたまま終わると、単なる敵対関係になります。必ず最後に「やはりあなたが一番だった」という全肯定の着地点が必要です。
  • 第3者の存在を匂わせる: 調子は「秦の国」という第3の選択肢を出したからこそ、寵姫たちを動かせました。比較対象がないと、ただの悪口になってしまいます。

まとめ:価値は「作るもの」ではなく「再発見させるもの」

僕たちはつい、

「もっと良い商品を作ろう」
「もっと努力しよう」
「もっと付加価値を足そう」

と考えがちです。

しかし張儀の逸話が示しているのは、まったく逆の真実です。

価値とは、新しく生み出すものではありません。
多くの場合、すでに目の前にあるものの中に眠っています。

ただ人はそれに慣れ、当たり前になり、見えなくなっているだけです。

張儀がやったことは、

  • 新しい価値を提供したことでもなく
  • 何かを改善したことでもなく
  • 大きな努力をしたことでもありません。

彼が行ったのはただ一つ。

「比較」と「喪失の可能性」を使って、
現状の価値を再認識させただけでした。

その結果、

王は「自分の選択は正しかった」と確信し、
后妃は「自分たちは特別だった」と安心し、
張儀自身は最大の利益を得ました。

誰も傷つかず、全員が満たされる。

これこそが「労少なくして功多し」の正体です。

本稿で整理したフレームを、もう一度シンプルにまとめるとこうなります。

  1. 外の世界を見せる
  2. 失うかもしれない状況をつくる
  3. 現状こそ最高だったと着地させる

この3点です。

重要なのは「変えること」ではありません。
「変えなくていい理由を、相手自身に発見させること」です。

人は説得されると反発します。
しかし自分で再選択したと思えた瞬間、深い納得と忠誠が生まれます。

だからこの技術は、

  • クライアント維持
  • 人材マネジメント
  • 予算交渉
  • 採用
  • 組織改革
  • ブランディング

あらゆる「人の意思決定」が絡む場面で使えます。

そして最後に、最も大切な前提があります。

このフレームは
「本当に価値のある現状」に対してのみ使うべきだ、ということです。

中身が伴っていない状態でこれを使えば、
それはただの操作や詐術になります。

張儀が成立したのは、楚王の后妃たちが実際に美しく、
楚という国に本来の強さがあったからです。

つまりこの技術は、
“誤魔化すため”のものではなく、
“本質を浮かび上がらせるため”のものなのです。

もしあなたの周りに、

当たり前になってしまった価値
軽視されている強み
自覚されていない資産

があるなら。

それを新しく作り直す前に、
一度「外の世界」を経由させて、
再発見させてあげてください。

多くの場合、答えはすでに、そこにあります。